日本近代史と戦争を研究する
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靖国問題 論点1 首相の参拝
朝まで生テレビの討論を参考にしつつ、
靖国問題について考えていきたいと思います。

先にみたように、朝まで生テレビで議論された段階では、
まだ小泉首相が実際に靖国に参拝するか、
わからない状況でした。

結局、小泉首相は参拝を実行し、
それ以後、毎年、靖国に行っています。
現在に至るまでの経過をみてみましょう。
【2001年8月13日】
・公私を明確にせず、総理と記帳。私費から「献花料」を支出。

【2002年4月21日】
・「春季例大祭」の前日に参拝。

【2003年1月14日】
・参拝時期を大幅に前倒し。

【2004年1月1日】
・元日に参拝。「『初詣で』という言葉があるように日本の伝統じゃないか」と説明。


以上のように、小泉首相は時期を少しずつ変え、
毎年、参拝しているわけです。
来年の1月、果して首相は参拝するのかも注目されます。

では、歴代首相のなかで、小泉首相の参拝は
どのような特徴があるのでしょうか。
歴代首相の動向については、こちらが詳しいです。

■戦後歴代首相27人(小泉首相を含む)のうち、参拝を行ったのは現時点で14人、延べ65回となっています。

■また8月15日の参拝は、三木武夫が初めて行い、以後、福田赳夫、鈴木善幸、中曽根康弘を合わせ、のべ9回となっています。

三木、福田、鈴木の三人の終戦記念日参拝は、
「私的参拝」でしたが、1985年8月15日、中曽根首相は、「公式参拝」を大々的に実行します。

それ以後、首相の靖国参拝は、
橋本首相の1996年7月29日の参拝まで
行われていません。

小泉首相の参拝は、橋本首相以来5年ぶりのことであり、しかも当初は、中曽根首相以来、史上2人目の終戦記念日の「公式参拝」と目されていたわけです。


「All About よくわかる政治」では、自民党の派閥力学から、首相参拝を考察しています。

それによると、初めて終戦記念日参拝をした三木首相は、元々「ハト派」色が強かったが、政権基盤が弱く、そのため、他勢力と妥協し、参拝をしたとされます。

また鈴木首相も本来は「ハト派」でしたが、
党内基盤を固めるため、参拝します。

80年代から90年代には、中国とのパイプが強い、
田中派、その流れをくむ竹下派―橋本派の勢力が強くなり、首相参拝が行われなくなります。

しかし、「反橋本派」を掲げる小泉首相の登場によって、再び、党内基盤を固めるための参拝の必要性が、生じてきます。

江藤・亀井派を小泉支持にまわらせた中曽根元首相が、終戦記念日「公式参拝」の実行者であることは、象徴的です。

ただ小泉首相も構造改革を行っていくには、
「ハト派であり改革派」の人々の協力も不可欠です。
参拝をするにしても、それらに配慮しなくてはならない。

「その当たりの微妙さ」が、2001年の「2日前参拝」に
つながったのではないか、というのが、
同記事の結論です。 


さらに理解を深めたい方
◆靖国問題 入門書を読んでみる




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