日本近代史と戦争を研究する
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第二次日韓協約締結と駐箚軍
○「保護条約締結報告」韓国駐箚軍司令官より参謀総長宛 1905.11.18
( 「満密大日記 明治38年 11月 12月」)
→アジア歴史資料センター レファレンスコード:C03020423900


「本職ハ伊藤大使及林公使ヲ助ケテ不日韓廷ニ提出セラルヘキ保護条約ノ通過ヲ図ルヘキ任務ヲ与ヘラレ十八日午前一時ヲ以テ該条約ニ調印ヲ了セシムルヲ得タリ今其前後ノ概況ヲ叙シテ任務結了ノ報告ト為ス」


「…保守派ノ憲政研究会モ亦宮中及大官等ノ庇護ノ下ニ常ニ秘密ナル手段ヲ以テ反対運動ヲ試ミタリ斯ノ如クシテ政海内面ノ混乱ハ日ヲ逐フテ増大セルモ駐箚軍ノ圧力ハ間断ナク彼等ノ脳裡ヲ支配セシカ為メ十月下旬ニ至ルマテハ其外面ニ活現セル状況ハ意外ニ沈静ニシテ多ク秩序ヲ失ハサルヲ得タリ」


「要ハ迅雷的手段ニ依リ韓官等ヲシテ小策ヲ弄スルノ遑ナカラシメ一挙ニ目的ヲ達スルニ在リト乃チ十一月五日以後憲兵ヲシテ厳ニ各大臣其他ノ動静ヲ監視セシメ一面政客、雑輩等ノ挙動ニ就テ特ニ注意ヲ加ヘシメタリ」


「(十一月―引用者注)十六日午前十時林公使ハ外部大臣朴斎純ヲ公使館ニ招キ新条約案ヲ示シテ正式ニ談判ヲ開キタリ今ヤ一時ヲ緩フスヘカラス仍テ本職ハ軍部大臣李根澤ヲ招キ個人ノ資格ヲ以テ切ニ利害ヲ説キ且ツ曰ク予ハ此条約ノ通過ニ就テ特ニ努力スヘキ訓令ヲ帯フ予カ最後ニ執ルヘキ手段カ那辺ニ在ルカハ敢テ詳言セサルモ予ハ卿ト共ニ京城ニ於ケル両国ノ最高武職ニ在ルモノ一トモノ友誼敢テ予メ告ケサルニ忍ヒス卿能ク之ヲ済セト根澤戦慄蒼皇トシテ退キ直チニ参内セリ 此間又大官等ノ脱走ヲ防キ在野群小ノ盲動ヲ制スルノ目的ヲ以テ屡々歩兵部隊ノ巡邏ヲ市内ニ縦チ外国公使館等ヲ護衛セシメ一ニハ此ニ投スルモノヲ抑遏スルニ備ヘシメタリ而カモ議ハ夜半ニ入リテ決スル所ナシ」


「翌十七日会々大廟 御親祭ノ故ヲ以テ陸軍一般ニ休暇ヲ賜リタルモ前日来ノ形勢ハ是日ニ於テ益々巡邏ヲ厳ニシ武威ヲ示スノ必要ヲ感シタルヲ以テ歩兵部隊ヲシテ警戒ヲ継続セシムルノ外特ニ騎兵連隊及砲兵大隊ヲ城内ニ招致シテ万一ニ備ヘ夕ニ入リ大街道ヲ経テ城外宿営地ニ帰ラシメタリ満城皆ナ戦キ敢テ一人ノ豪語スルモノナシ是間林公使ハ午前十一時各大臣ヲ公使館ニ招キテ懇談スル所アリ午後四時彼等ノ相率ヒテ参内スルヤ公使モ亦議政府ニ至リテ決断ヲ促カシタルモ議容易ニ決セス午後八時伊藤大使及本職モ亦参内シ各大臣ノ決心ヲ求メ夜半始メテ終局ノ効果ヲ見十八日午前一時ヲ以テ調印ヲ了スルニ至レリ」
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