「歴史の弁明を展開する評論家や歴史家」が
「駆使」する「テクニック」について、
秦郁彦氏は、以下のものをあげています。
(秦郁彦「中村粲氏への反論 謙虚な昭和史研究を」『諸君』21-11、1989.11、222頁)
「駆使」する「テクニック」について、
秦郁彦氏は、以下のものをあげています。
(秦郁彦「中村粲氏への反論 謙虚な昭和史研究を」『諸君』21-11、1989.11、222頁)
「陰謀史観」
「相殺史論」
「遡及主義」
「ツマミグイ手法」
「相殺史論」・「遡及主義」については、次のように説明しています。
「相殺史論とは、日本も侵略したがアメリカもソ連もやった。ゆえに相殺すれば侵略の汚名は消えるという論法である。適当な材料がないと、見つかるまでさかのぼっていけば必ず相殺の材料は発見される。これが遡及主義で、終戦直後に石原莞爾や林房雄が『ペリーが悪い』と言い出したのは、その典型だが、パロディとしてしか通用すまい。」
また、「ツマミグイ手法」については、
「その名のとおり、ある史観を強調するため、都合の良い史実だけをつなげ、都合の悪い史実をパスするテクニックである。」
と述べています。
この点については、すでに紹介した安田常雄氏の80・90年代の人々の歴史認識に対する見解、
「自分が快く思われるものが歴史の貯蔵庫の中から拾い出されてきて、それが一種のイメージ連鎖のように並べられていくという状況」
にも関連してきます。
この「ツマミグイ手法」によって、
どのような史観が打ち立てられるのでしょうか。
それは、「国民国家の立身出世の物語」なのでしょう。
藤原帰一氏は、次のように述べています。
(藤原帰一『平和のリアリズム』岩波書店、2004年
「学者にとっての歴史が、仮説を立て、証拠を集め、過去を確定する散文的な作業であるとしても、読者にとっての歴史には、過去から現在に至るまでの、「自分たち」を語る物語という側面がある。そんな物語の中で、もっとも広く語られるのが、国民国家の立身出世にほかならない。不遇から身を起こした若者がひとかどの人物に成長するように、差別と蔑視から身を起こした国民が、一目置かれる国民国家に発展する。学者から見れば、このような国民の物語は、個別の出来事を取捨選択して編み上げたストーリーだけに、嘘ばかりが目立つ。しかし、それを『自分たち』の過去として記憶し、その記憶を通じて自己と社会のつながりを確かめる読者がいる限り、国民の物語はなくならない。」109〜110頁
「国民の物語」に囚われた人々は、
その物語を守るために、
大日本帝国の、そして日本国の
スポークスマンのように、弁明を繰り返すのでしょう。
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