日本近代史と戦争を研究する
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大東亜共栄圏の内実
南方軍総司令部に配属され、サイゴンで
軍政に携わった榊原政春の日記には、
次のように記されています。
榊原政春『一中尉の東南アジア軍政日記』草思社、1998年

「南方各民族は突然欧米との紐帯を切断され、今日は生活上に於てすこぶる苦しい状態になるであろう。しかし、この苦痛を通り抜いてこそ初めて彼等本然の生活が存する事を考えて貰いたい。我々は今日、彼等の反抗的態度を何等恐れない。また彼等の御機嫌をとる如き従来の政治家風の政策を実行しようとは思わない。もし彼等にして反抗するならば、容赦なき手段をとる。我々としてはかくして清浄化され真の大東亜が建設されるのを、むしろ喜び期待している位だ」(1942年5月11日)

「各軍の軍政部員より色々の要求がある。バター、煉乳、小麦、ゴム靴等。なるほど従来の彼等の生活を考えれば、それらの物質は不可欠の物だったろう。しかし、現在内地の日本人でさえそれらの物質は食べられずにいるのだ。日本人が大切なのか、土人が大切なのか。民生を考える時、それは日本を外にしては考え得ないのだ」(同上)


すなわち、東南アジアを占領した日本は、
英仏蘭の役割を肩代わりして
日用品等を供給することはなかった。
東南アジアの人々の生活を考慮するのではなく、
日本本位に、搾取方針をとっていきます。


では、東南アジアがその痛みに耐えた後、
独立が認められる余地はあったのか。
日本の支配下から脱することは許されず、
自決権が認められることはありません。


「大東亜共栄圏の目標は日本を中心とした大東亜共栄圏を建設する事にして、このためには各民族が従来の英米蘭の桎梏より完全に脱却し、自己本来の姿に目覚め、自己の犠牲に於て大東亜共栄圏建設に参画せんとするに非ざれば到底不可能である。ここに日本の強き政治を必要とする所以である。
 従って在来の行きがかり的民族、独立、自決運動の如きは認める余地なく、各民族にして真に自己の地位を認識するに非ざれば、民族としての真の政治性を把握する事は不可能である」(1942年6月2日)


※同日記の解説で倉沢愛子氏は、日記の記述について、
南方軍総司令官寺内寿一に近いところにいた榊原の立場からみて、「単なる一個人の恣意的な意見ではなく、南方軍の中枢部の意見をかなり反映したものではないか」としています。



【関連】
小林 英夫 (著) 大東亜共栄圏 岩波ブックレット―シリーズ昭和史

栄沢 幸二 (著) 「大東亜共栄圏」の思想 講談社現代新書

倉沢 愛子 (編集) 東南アジア史のなかの日本占領

明石 陽至 (編集) 日本占領下の英領マラヤ・シンガポール
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