日本近代史と戦争を研究する
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史料としての日記
録画してあった、NHK・BSの日露戦争のドキュメンタリーを見ました。
ロシア人兵士の手紙やニコライ2世の日記によって、番組が構成されていました。

ロシア皇帝の日記が残っているんですね。
日本に置き換えると、
天皇の日記が残っていて、そこに心情が吐露されている………
とは、全く想像もつかないことです。


日記に関して、加藤陽子氏が面白いことを言っています(日本史近代を楽しむ野島研究室のページ)。
日記から浮かび上がるのは、
世界がその書き手を中心に廻っていると感じられるような、「天動説」的な世界像だと言うのです。

それゆえ日記を読むことで、
ある時代を単純化して眺める視座をいったんは持ち得る。
そして、日記の書き手の「天動説」的な世界像をまず把握した上で、
その「天動説」的な世界像を崩すような、ほかの文献にあたり、それらを照らし合わせて読むことが大切である、と。

日記だけではなく、他の史料についても同様なことがいえると思います。
歴史家も自分が集めた史料だけで、「天動説」的な世界像を構築してしまうかもしれません。
いかにそれを自覚し、より多くの史料に当たって、
説得力のある歴史叙述を為していくか。それが大切ですね。



  
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