日本近代史と戦争を研究する
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インドネシアの教科書
日本がインドネシア独立に寄与したことを
強調する議論がありますが、
インドネシアから見た、日本の本質は、
占領中も、その終焉に際しても、
抑圧する存在として、とらえられています。
○インドネシア共和国教育文化省編『インドネシア』世界の教科書=歴史015、1982年(原著:1975年)

「私たちは、日本が西洋の抑圧からアジア全土の民衆を解放するとの掛け声とともにインドネシアへやってきたことをすでに知っている。しかしその到来後数カ月のうちに彼らは仮面を脱ぎ捨て、アジアの国々を占領して民衆を公然と抑圧した。同じことはインドネシアでも起こった。その圧制のためにあちこちで日本に対する反乱が発生した」227頁

「オランダ領東インドの植民地社会構造ではオランダ人が最上級の国民とされ、次に東洋外国人(中国人、アラブ人、インド人など)が、最後にやっとインドネシア現地人が第3等国民として位置づけられていた。日本による占領時代には日本人が第1等国民として登場し、インドネシア現地人は第2等国民に上がり、中国人、インド人、ヨーロッパ人は第3等に下がった。インドネシアの独立によりインドネシア人は第1等国民に上がったが、インドネシア共和国は人種(皮膚の色)、出自、信仰、種族による差別はしなかった」235頁

「1945年8月15日に連合軍に降伏したのち、インドネシアの日本占領軍は降伏時の状態をそのまま維持するよう連合軍に命令された。その時から日本軍は、連合軍が到着して彼らを武装解除するまで単なる連合軍の道具でしかなくなった。…他方で日本軍は、独立を宣言したインドネシアの民衆と対決しなければならなかった。人民治安団と闘争団体は、すべてのインドネシア民衆とともに日本の手から権力を奪還する運動を始めた。…ほとんどインドネシア全域にわたって、このインドネシア民衆の行動を妨害しようと努めた日本から権力奪還が行われた。その結果、あちこちでありあわせの武器しか持たない民衆と完全武装した日本軍との間に衝突が発生した。インドネシア共和国の主権を確立しようと奮闘する中で、民衆の側から何千人もの人が犠牲となって倒れていった」236頁




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