日本近代史と戦争を研究する
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将校患者
別府の陸軍病院で療養していた将校の、
1945年5月7日の日記です。
「五月七日

 朝食を済ませた途端に、空襲警報となった。今日は晴天で飛行機がよく見えるところへもってきて、実に久しぶりといおうか、待望久しき友軍機の邀撃戦が見られた。みんな天を仰いで大喜びしたのだった。
 
 まず中津方面へ向かった敵編隊に、わが戦闘機ただ一機、若武者のように追いすがってゆく。空の要塞B29の巨体にくらべれば、わが戦闘機はちょうど蝉と蝿位の対照ではあるが、この蝿が最後尾から二番目のB29の胴腹に無我の境地そのもの、一直線に体当りを敢行したのだ。

 既に神風特攻隊のことはニュースで知っていたが、おそらく、特攻機が敵航空母艦や戦艦に目標を定めて急降下突撃を試みるのもこれと同じ状態と思われた。

 B29の巨体が、一瞬グラッとしたと見るや、この時早く、かの時遅くサッと吹き出した黒煙の中に、友軍機は定かには見えずなり、やがてモツレ合った如くに落下してゆくのだ。彼我一緒くたに。」
(田邊重信『将校患者』金剛出版、1965年、169-170頁)


B29に対して航空機による特攻が行われ、
そのような空中戦の模様を地上から、
日常的に目撃できる状況にあったことを
改めて気づかされます。



【陸軍病院関係】
従軍追憶の道―阿爾山陸軍病院そしてシベリア抑留

上海陸軍病院―一従軍看護婦の回想

弱兵記―軍病院ベッドの中の太平洋戦争

慟哭・痛憤の戦時記録 南方第九陸軍病院―南十字星の下に
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