日本近代史と戦争を研究する
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高橋哲哉『靖国問題』第四章
第四章 文化の問題―死者と生者のポリティクス

この章は、「靖国参拝が日本の文化か否か」を考察しています。
主な批判の対象となるのは、江藤淳の文化論です。
江藤淳は、記紀万葉以来「日本文化」の根源は、「死者との共生感」にあり、
靖国参拝もそれに根拠付けられるべきだとしています。


これに対する著者の批判は次のとおりです。

第一に、「戦死者との共生感が靖国という形をとらなければならない必然性はない」。

第二に、「死者との共生感」をいうなら、なぜ靖国は戦死者のうち、軍人軍属を祀り、民間人は祀らないのか。

第三に、「戦死者との交感を言うなら、なぜ靖国は敵側の戦死者を祀らないのか」。日本の中世・近世には、敵味方双方の慰霊を行っているのではないか。


以上から、靖国神社と死者との関係は、「日本の文化」ではなく、国家の政治的な意思によって作られた特殊な関係であることがわかります。

著者もそもそもの大前提として批判していますが、歴史学的観点からは、記紀万葉以来続く歴史貫通的な「日本文化」があると考えるのは、全く眉唾ものなのです。

  


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3日続けて靖国のことです。以前の記事を読んだ方が理解しやすいかと。(6月4日・6月5日)昨日は「一度神様として招いたものを簡単に人間の考えで左右するわけにいかない。時代が変わっても永久に分祀はあり得ない」という靖国神社元宮司の発言と、「極東国際軍
2005/06/06(月) 00:10:04 | きょうのできごと
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