日本近代史と戦争を研究する
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高橋哲哉『靖国問題』第三章
第三章 宗教の問題―神社非宗教の陥穽

本章では政教分離の問題を扱っていますが、
まず、首相の靖国参拝に関する裁判で「合憲」の確定判決がひとつもなく、「違憲」の確定判決が複数存在することが確認されます。
→靖国問題 論点2 憲法・政教分離参照
公式参拝を定着させたい者がとる選択肢として、
靖国神社を宗教法人でなくするという方法があります。

しかしその試みは過去に大々的に行われて失敗に終わっており、結局、靖国神社が靖国神社であろうとするためには、「英霊顕彰」の活動、神道式の祭祀儀式を止めるわけにはいかず、どんなに強弁しても宗教性は否定できないということがわかります。

「靖国神社は宗教法人格を放棄して特種法人になったとしても、伝統的な祭祀儀礼を維持するかぎり宗教団体であり、したがって憲法違反を犯さずに国営化することはできない」(127頁)。


靖国神社国家護持運動、靖国神社特種法人論においては、
「戦死者を神として祀り、神道形式で慰霊・顕彰する祭祀儀式を、なぜ、宗教活動ではないとすることができる、と考えるのだろうか」(128頁)。
それは戦前の「神社非宗教」論から来ているのですが、
その思想史的分析が本章の重要なポイントとなっています。

戦前の日本では、神社は「宗教」ではなく、
「国家の祭祀」であるとされます。
そして「国家の祭祀」であるから、どんな宗教を信じる者も日本国民である以上、その祭祀儀式を受け入れなければならない、ということになります。

宗教者は、国民の公の義務としての「国家の祭祀」と、
各自の私的な信仰が矛盾せず、両立すると考えるようになりました。
しかし、「愛国心」の枠内のみで許される信仰では、戦時には結局、「宗教」の「国家の祭祀」への完全吸収へと帰結することになります。

戦後の日本は、この「災厄の歴史」の反省の上にたって出発しています。
靖国神社非宗教論は、それに「無自覚すぎると言わざるを得ない」(146頁)。

著者は、靖国神社が「無宗教の国立戦没者追悼施設」を装う、「宗教的な国立戦没者顕彰施設」(146頁)であることを喝破しています。



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