日本近代史と戦争を研究する
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朝まで生テレビ 靖国問題 討論要旨 2
3:16

渡辺
真っ向から意見が対立しているのは、歴史認識であることがわかった。それについて議論してきたい。ドイツでは、ヒトラーの下で戦った兵士をどう扱っているのか。

ヒールシャー
1952年、国民の哀悼の日を定めた。ドイツでは犠牲者のことを先に考える。侵略戦争であったということは常識になっている。戦争責任は指導者とそれを支持した国民にある。法的な責任追及は今でも行われている。

遠藤
ドイツには、靖国神社のような施設はないのか。
ヒールシャー
ない。

渡辺
日本の戦争指導者によって、戦争へ送られた兵士たち。ナチスによって戦争へ送られた兵士たち。これらをどのように考えたらいいだろうか。

西尾
賀屋興宣は法相、重光葵は外相になっている。日本はA級戦犯であることを問題にしなかった。日本の歴史は連続している。ユダヤ人虐殺は、戦争犯罪とは別の犯罪である。ドイツはホロコーストの責任はとるとしえているが、戦争については一切の賠償・謝罪をしていない。サンフランシスコ条約のような講和すら結んでいない。

ヒールシャー
日本はホロコーストはやっていないが、ドイツのポーランド・フランス等への侵略戦争と、日本の中国・東アジアへの侵略戦争は比較できる。捕虜の扱いなどの戦争犯罪も比較可能である。731部隊のようなことは、ドイツでは裁判所が責任を追及するが、日本ではそれをやらなかった。それが大きな違い。


ドイツと日本とでは占領形態がちがう。アメリカはその単独統治のもとで、新米を誓い、反共である人間を政治的に復権させたのである。

遠藤
西尾氏は日本の歴史が連続していると言ったが、西尾氏の頭の中は戦前そのもの。軍国主義である。

西尾
ドイツは高級幹部や実行犯を除き、ナチ党員に罪を問わなかった。その意味でドイツも連続している。しかしヒトラーに罪を押し付けて、歴史が断絶したものとしているのだ。日本では、指導者と国民の間は一体であった。その歴史的意識が今日までつながっているのだ。

辻元
戦争責任は天皇にあるということか。

西尾
責任はどこにもない。戦争責任は戦勝国にもある。

辻元
20世紀には多くの戦争があったが、例えばミロシェビッチには戦争責任はないのか。

西尾
そのケースとは全然意味が違う。

辻元
政治の場にいる人間として言うと、戦争を起こすということは、政治の最大の失敗。起こしたなら、責任をしっかりとるべきである。

平沢
総理が靖国を参拝するということは、戦前に戻るとか、戦争を肯定するとか、軍国主義であるということとは、全然ちがう。

辻元
一般人が行くのと総理が行くのとは、全然ちがう。

平沢
そうであったとしても、戦争を肯定するわけではないから、構わない。

水島
戦前、靖国神社は天皇の軍隊の神社であった。日本国憲法はそれを断絶するために、天皇を非宗教的、非政治的存在とした。他の神社と違って、靖国神社の祭神だけは無限に増えていく。忠魂として選ばれる基準は国家に忠実に戦ったか否かにあり、靖国神社は軍事的な価値を必然的に伴うことになる。


3:34

渡辺
中国は、A級戦犯が分祀されれば、総理の参拝に意義を唱えないのか。


日本の国民感情を考えて、批判しないこともあり得る。

西尾
悪い指導者と善良な民衆とは別だという言い方をするのが、戦勝国の通例。

渡辺
新しい墓苑・墓地の新設は無理なのか。

辻元
国会でも議論されている。一つのモデルとなり得るのが、沖縄の「平和の礎」。敵味方関係なく、アジアやアメリカから、亡くなった者の名前を集めるという作業は、平和へに向けた和解のプロセス。死者への弔いになる。

平沢
一番大事なのは、靖国に祀られている人の関係者がどう考えるかということ。

工藤
靖国に参拝に行く人は、平和のことを本当に考えている。靖国は、お墓ではなく、他をもって変えがたい貴重な場所。

渡辺
今、合祀されている方をそこから抜くということは、あり得ないことか。

大原
分霊というのは、例えて言うなら、ローソクの火を移すようなもので、別のローソクに火を移しても、元のローソクの火は消えない。移して無くすということは、神道の伝統からは考えられない。

渡辺
今後の総理が靖国に行くという場合、この議論が永遠に繰り返されるのか。

西尾
今年行き、来年行き、再来年行けば、終わる。

水島
ある中国人留学生のレポートに次のようなものがあった。彼女は、「きけわだつみのこえ」を読んで涙を流すことができた自分に気付いた。また彼女はかつて、中越紛争の際の中国兵の英雄的な話に涙したことがあった。そして日本で、中国兵に追われたというベトナム人留学生に出会ったとき、今まで中国兵の側だけに耳を傾けていた自分に、ハッと気付いたという。

(つづく)
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